教授

兵藤 晋

連絡先

hyodo[at]aori.u-tokyo.ac.jp

 

研究テーマ

軟骨魚類(サメ・エイ・ギンザメ類)の生理・生態学:環境適応から成長・摂食・繁殖まで

 

研究の背景:なぜサメやエイなのか?

近年、多くの水族館でサメ・エイが展示の目玉とされ、単に「海にいる怖い生きもの」から、「不思議で魅力的な生物」へと認識も変わりつつあるように感じます。海洋生態系の頂点捕食者である軟骨魚類は、進化・生態・生理・資源などさまざまな観点から重要な生物群ですが、その真実は未だ大きな謎に包まれています。最近では絶滅危惧種としてレッドリストに掲載される数も年々増加しており、その理解は喫緊の課題です。

 生理学的な観点からも、軟骨魚類には多くの不思議が存在します。例えば、海という環境に適応するためのしくみ。海洋生物は海という高い塩分環境に、様々な戦略で適応しています。そのなかでも軟骨魚類は、高濃度の尿素などを保持することで、体内の浸透圧を環境の海水と同じレベルに維持します。このことによって、海という高い浸透圧環境でも脱水されることがない(水を失わない)。むしろ、体内の方が若干浸透圧が高いために水は体内に流入し、海の中でも容易に水を得ることができる、優れたしくみです。サメやエイが死亡した後に臭くなる原因でもあります。

 そのほかにも、交尾により体内受精を行い、卵生から胎生までさまざまな繁殖戦略を持ちます。発生や成長にかかる時間は長く、卵生種の場合、孵化までに約半年間かかることが普通です。系統学的には、軟骨魚類は脊椎動物顎口類(顎のある脊椎動物)のなかで最も早くに分岐した生物群であり(絶滅した生物群をのぞいて)、脊椎動物の進化という観点からもさまざまな特徴が見つかって来つつあります。この魅力的な生物の生理・生態を一緒に明らかにしませんか?

 現在注目している研究テーマは下記の通りです。発生・摂食・成長・環境適応・繁殖というあらゆる点に関して、さらには生態学的な分野とも連携させながら、サメ・エイ・ギンザメ類の生理学の解明を進めていきたいと考えています。そのために、ドチザメ、トラザメ、アカエイ、オオメジロザメ、ゾウギンザメといった種のさまざまな特徴を活かした研究を進めています。大気海洋研究所の飼育実験施設以外にも、沖縄美ら海水族館、大洗アクアワールド水族館、岡山大学牛窓臨海実験所、オーストラリアのディーキン大学など、国内外の研究機関や水族館の方々と共同で研究を進めています。ぜひ多くの方々に興味を持っていただき、一緒にあるいは共同で研究を進められればと願っています。

現在すすめている具体的な研究内容:

1)尿素を体内に維持するしくみ

 環境中には尿素がほとんど存在しないので、そのままでは体外に漏れ出てしまい、体液浸透圧を高く維持することができません。肝臓で尿素を合成すると同時に、鰓や腎臓では特殊なしくみによって尿素を失わないようにしています。特に腎臓では、原尿からほとんどの尿素を再吸収し、体内に戻しています。
 おそらくこのことを反映して、サメ・エイの腎臓尿細管はとても複雑な構造をしています。全ての動物のなかで、最も複雑と言っても過言ではありません。尿素・水・イオンなどを通すタンパク質(ポンプ、輸送体)群を同定し、これらの分子を尿細管上にマッピングすることから有用物質の動きを明らかにし、イオンや尿素、その他の有用物質を再吸収するモデルを構築することが目的です。

2)鰓のはたらき


 魚類の鰓が呼吸器官であることはよく知られていますが、真骨魚類ではイオン調節を行う場でもあります。サメ・エイの鰓にも、塩類細胞様のミトコンドリアに富む細胞の存在が報告されています。軟骨魚類の鰓もイオン調節などに重要なのかどうかを明らかにしようとしています。これまでに、濾胞状に配置された新規細胞群を発見し、カルシウム調節への関与を示しました(Takabe et al., 2012)。さらには、塩類細胞がイオンの吸収に重要であることも見出しています。

3)海でも川でも生きられるサメ:オオメジロザメ

 ほとんどの軟骨魚類は海に生息しており、逆に淡水エイのように完全に淡水環境に移行してしまったものもいる。そのような中、ごく一部の種は海と川の両方の環境に生息でき、実際にライフサイクルの中で海と川を行き来することが知られています。その代表的な種がオオメジロザメで、このような特徴を「広塩性」と呼びます。真骨魚類ではサケやウナギなどが広塩性の代表種であり、海と川では体のしくみを切り換えることから、多くの研究者から注目されて研究も進んでいます。一方で、オオメジロザメがなぜ海でも川でも生きられるのか、逆に他の軟骨魚類がなぜ生きられないのか、という点についてはほとんどわかっていません。

 オオメジロザメは海の中だけでなく、川に入っても、体内に高濃度の尿素とイオンを持ち続けることがわかっています。なぜこのようなことが可能なのか、なぜこのようなことをしなければならないのか、そこには多くの謎が秘められています。私たちは最近、沖縄美ら海水族館との共同研究により、飼育下のオオメジロザメを海水から淡水に移行させ、その時に起こる変化を調べるという大がかりな実験を行うことができました。現在、この貴重なサンプルを用いて、トランスクリプトームを含めた解析を進めています。

4)ホルモンによる体液調節のしくみ

 オオメジロザメやドチザメを用いた研究から、腎臓の機能に重要な尿素やイオンの輸送分子が明らかになりつつあります。これらの分子は、環境の変化に応答することから、そこにはホルモンなどの情報伝達系が関わることが強く示唆されます。脳下垂体後葉ホルモンの新たな受容体を発見するなど、腎機能を中心にホルモンによる体液調節に関しても研究を進めています。

5)個体発生と体液調節

 上記のように、腎臓や鰓、直腸腺、肝臓など、様々な器官の協調によって体内の恒常性(ホメオスタシス)は維持されています。では、それらの器官が未発達な発生初期には、軟骨魚類はどのようにして海という環境に適応しているのでしょうか?最近私たちは、卵黄を包んでいる卵黄囊上皮の重要性を発見しました。胚体ではいつからどのように体液調節器官が形成されるのか、いつから機能的になるのか、形態ならびに分子レベルの研究を中心に調べています。進化発生学的観点からも注目しています。

6)上記以外の軟骨魚類の生理・生態学


 体液調節以外にも、軟骨魚類のライフサイクルを通して理解をしたいと考えています。

 そのひとつが、摂食・成長のホルモン制御で、2007年度からハワイ大学海洋生物学研究所(HIMB)と国内の共同研究者との共同プロジェクトとして研究を開始しました。HIMBのあるカネオヘ湾はアカシュモクザメの生育所として有名で、出産後には数千尾もの幼魚がいますが、捕食や飢餓などによりそのうちの8割程度が死亡してしまうと考えられています。摂餌状態を変化させた実験や、データロガーを用いる行動・生態調査を行いました。最近では、大海研で飼育しているドチザメを用いて、さまざまなホルモンの同定、分布、摂餌への関わりを調べています。

 データロガーについては、大海研の佐藤グループと共同で、上記のシュモクザメの他、オオメジロザメ等についても行動・生態調査を計画しており、生理学的研究の成果を彼らの生態・行動と結びつけて統合的にとらえていきたいと考えています。

主な共同研究機関

沖縄美ら海水族館(沖縄美ら島財団)
アクアワールド大洗水族館
岡山大学牛窓臨海実験所
富山大学理工学研究部
北里大学海洋生命科学部
宮崎大学農学部海洋生物環境学科
オーストラリア・ディーキン大学
ハワイ大学海洋生物学研究所

関連する主な研究業績

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